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東京高等裁判所 昭和30年(行ウ)13号 決定 1955年11月05日

申立人 公正取引委員会

被申立人 株式会社大阪読売新聞社

主文

一、被申立人は本件事案につき公正取引委員会の審決があるまで、その発行する読売新聞を購読させ、または購読を継続させるため、昭和三十年九月五日および六日付同新聞に発表した福引につき、その抽せん券の配付、抽せんの実施及びこれにもとずく金品の交付等その福引の実行をしてはならない。

二、被申立人は、遅滞なく、前項の趣旨を周知させるため、適当な措置をとらなければならない。

理由

申立人は「一、被申立人は公正取引委員会の審決があるまで、読売新聞を購読させ、または購読を継続させるため、昭和三十年九月五日および六日付同新聞に発表した福引を実行してはならない。二、被申立人は、遅滞なく、前項の趣旨を周知させるため、適当な措置をとらなければならない。」との裁判を求める旨申立て、その申立の理由として別紙「申立の理由」と題する書面のとおり主張した。

申立人の右主張、その提出した疎明方法、被申立人の意見弁解およびその提出した疎明方法を検討審査すれば、いちおう次の事実を認めることができる。

(一)、被申立人は肩書地に本店を設け、昭和二十七年十一月以来福井県、滋賀県および和歌山県以西を販売地域として、「読売新聞」と題する新聞の発行販売を業としている事業者である。

(二)、被申立人はその発行する昭和三十年九月五日および六日付読売新聞に、「発刊三周年記念二億円大奉仕」の見出の下に、一等現金百万円十本、二等テレビジヨン受信機、電気冷蔵庫、高級カメラ等六品目について計五十本、三等自転車、ラジオ、ジユース・ミキサー等六品目について計一千本、四等銘仙一反五万本をそれぞれ当選くじとし、同年十月以降の同新聞の継続読者に対し、新聞販売店を通じて抽せん登録証を交付し抽せん台帳を作成の上、あらためて本抽せん券を配付し、明三十一年四月抽せんの上これら景品たる金品を供与する旨の福引計画を発表し、これを宣伝するとともに、傘下販売店を通じて十月以降の継続購読を承諾した者に抽せん登録証を交付する等これが実行に移り、その結果、あらたに多数の同紙継続購読者を生んだほか、右地域における競争紙である朝日、毎日その他多数の他の新聞の購読者中にもそれらの新聞の購読を中止して読売新聞を購読する者が続出して今日にいたつている。

(三)、新聞の販売競争は統制の撤廃用紙需給の好転等の事情につれて昭和二十五、六年ころからようやくはげしくなり、これにともない福引等大規模な賞金または景品付販売があらわれ、販売競争は混乱状態を呈するにいたつたが、昭和二十八年末公正取引委員会から全国における新聞発行事業者の大部分を網羅する日本新聞協会に対し、新聞業における不公正な取引方法を防止するため自粛につとめられたい旨の警告が発せられて以来、各地区ごとに同協会会員を構成員とする新聞販売倫理化委員会が設置され、また同協会においても昭和二十九年末「購読の勧誘は新聞自体のもつ価値によつて行い、景品等の供与をもつてなさるべきでないこと」等を内容とする新聞販売綱領なるものを定め、協会加盟各新聞社をしてこれが実践につとめさせた結果、末端の新聞販売店における多少の行為はともかく、少くとも新聞発行本社の行為としてなされるこの種行為の大規模なものはおうむねその影をひそめるにいたり、この状態が全国の新聞発行販売の分野における一の商慣習として確立されるにいたつている。

以上認定の事実によつて考えると、新聞発行販売の事業はもとより企業としての本質を失うものではないが、そのもつ文化的、公共的使命にかんがみるときは、その販売の分野における前記のような商慣習は、よくその使命にかなう正常なものというべきであつて、被申立人の企劃公表した前記のような福引はその規模内容において右正常な商慣習に照して不当な利益を同新聞の購読者たる者に与えようとするものであり、これが実行行為はその実施方法、継続購読の確保及び一般に訴える影響力により直接又は間接に競争者である他の新聞社の顧客を不当に自己と取引するよう誘引するものであつて、これにより新聞販売分野における公正な競争を妨げるおそれあるものというべく、この行為は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法という)第二条第七項第三号昭和二十八年公正取引委員会告示第十一号不公正な取引方法の六に該当し、同法第十九条に違反する疑があるものというべきである。

被申立人は、被申立人大阪読売新聞社は東京読売新聞社の姉妹会社として発足したが法律上は全く別個の法人であるところ、朝日毎日両社はすでに古くから全国的規模を有するのに、読売新聞は従来その主体を東京におき、地盤は主として関東、東北地方にあつたので、昭和二十七年十一月関西方面読者の強い要望にこたえて、大阪に被申立人会社を設立し大阪読売新聞を発刊することとなつたのであるが、被申立人は創刊以来その進出を喜ばぬ朝日、毎日両社をはじめ既存の競争各社から陰に陽に妨害圧迫を受け、つぶさに創業の苦難をなめつつあつた、たまたま被申立人が昭和三十年五月「よみうり少年少女新聞」を発刊するや既存各社はこれを問題化して、類似の事例は他にあるにかかわらず、ひとり被甲立人のみに糺弾の矢を向け、同年七月関西六社会(朝日、毎日両社の大阪本社、産経大阪本社、京都、神戸各新聞社と被申立人の六社)と全関西新聞経営社懇談会(近畿、中国、四国、北陸、中部の新聞社の経営責任者をもつて組織)から被申立人を実質上除名し、同地区の販売店をもつて組織する販売組合から本紙取扱の販売店を除外するよう指示し、新聞の共同輸送をも中止するにいたり、こえて八月二十二日ついに日本新聞協会は被申立人を除名するにいたつた、以来被申立人は取材輸送の不利はもとより各般にたつて直接間接各社の集中攻撃を受け、社の内外に不安動揺を来たし、経営上も幾多の支障を生じたが、とくに本紙の販売店は日一日と販路を喪失し、このままでは営業継続は不可能であるとし、本社において早急になんらかの対策をたてない限り自廃するか自力で窮境を打開するほかないとし、各自が景品福引等を計画するにいたつた。しかし被申立人は無統制にこれを許すことはかえつて不公平を来たすのみでなく、販売店個々の力をもつてしてはとうてい既存各社の攻撃に対抗し得ないとの見地から、被申立人として全読者を対象に今次福引の計画をするにいたつたものである、かくの如く創業日なお浅い被申立人が、既存各社が多年にわたつてつちかつた強固な地盤において各社の包囲攻撃の中に、よくその存立を保つためには、今次発表の福引の如きは自衛上当然の措置であつて、、他社の販路を蚕食するための侵略的なものとは全然その事情を異にすると主張する。被申立人がその主張のような経緯から関西に進出し、既存各社の確立された販売領域の中においてあらたにその販路を開拓するについては幾多の苦労をなめ、この間陰に陽に既存各社の圧迫を受け、ついに日本新聞協会除名の破局をみるにいたつた実情はこれを諒としなければならないが、その協会除名にいたる経緯については必ずしも被申立人に一点非難の余地なしとし得ないことは本件にあらわれた疎明方法からこれをうかがい得るのみでなく、協会除名以後における窮境打開の方策としても、その存立を保全するために本件のような福引による読者誘引の実行が残された唯一の途とすることは直ちに賛成し得ないところであり、それによる読者の獲得もたんにいつたん失われた自己の顧客を回復したのみと目し得ないことも本件にあらわれた各般の疎明方法によつておのずから首肯し得るところで、仮りに他の競争者にそのいうが如き不公正な取引方法があるとすれば、それはそれとして処置さるべく、そのことの故に被申立人の行為を正当化し得ないものであつて、これを要するに本件行為がその自衛上当然に許されるものとすることはできないものといわなければならない。

次に、被申立人は本件の如き福引はまだ決して正常な商慣習に照して不当な利益といい得ない。およそ新規の事業者があらたに開業をした場合、そのいわゆる創業時代に属するしばらくの間は広告宣伝のため各種の景品その他のサービースを供与することは一般に広く行われるところであつて、新聞は本来その売込に長年月を要する事業であるから、創刊後二、三年はまた創業時代とみるべきものである。本件福引において発刊三周年記念と銘打つたのも、ひつきよう創業時代のサービスというにほかならない。場合を他に求めれば東京産経が創刊五周年記念として昭和三十年九月二十日従来夕刊四ページのものを八ページ建とし、月極定価は据置としたのもこの観点から是認されるのであると主張する。なるほど新規な事業者があらたに当該事業分野に登場するにあたつては、競争場裡にそこばくの地歩を占めるまで景品その他のサービスをもつて顧客にアピールすることは一般に知られるところであり、これをもつて独占禁止法上もあえて違法とするには当らない場合もあろうがそれもおのずから程度の問題である。しかし、すでに読売新聞社は東京を本拠として数十年の歴史をもつわが国有数の新聞社であり、被申立人はこの強大な東京読売の声価を背景とするとともに関係者の努力によつて創業三年にして早くも部数七十余万と号する進展をみ、関西以西における新聞発行販売業界において有力な地位をきずいたものであり、三年の日子はこの種事業として必ずしも多くはないが、現にかくの如く競争場裡にその地歩を占めている被申立人の今次福引計画をもつて、開業早々のサービスと同視することは相当ではない。

また被申立人は本件福引の内容そのものも決して不当なものではないという、なるほど「二億円の大奉仕」といつても、紙上社告にもいうとおり、その額の過半は付録とされる「よみうり少年少女新聞」の価額にあてられ、福引分にさかれる出捐は数千万円の程度であり、これを予定購続者の数及び購読期間に平均すれば、一人あたりなにほどのものにもならぬということは所論のとおりであろう。しかし利益供与の方法は福引によるものであつて、一等当選百万円十本というをはじめ、その景品の価額と数とをもつてすれば、いちじるしく一般の射倖心をそそり、その読者に訴える影響力は決して軽少のものではなく、このことは被申立人自身もこれをもつて一般にアピールすることを信じ、、市中に散見する広告にも「破天荒の大福引」「空前の大福引」などとうたつていることからしても明らかである。もとより福引そのものが違法であるかどうかは別問題であつて問題はかかる内容の福引を取引方法に供すること、すなわちかかる福引による利益の供与をもつて競争者の顧客を誘引することの当否にある。割増金付定期予金や宝くじに許されるところがそのまま新聞販売分野に許される商慣習といい得ないことは多言をまたない。

次に被申立人は本件福引計画の実施にあたつて、これが違法たることの認識がなかつたという。独占禁止法において禁止する不公正な取引方法を行うことは、それだけで直ちに刑事上の犯罪となるものではないが、その違反に対しては公正取引委員会は審決をもつて違反行為の排除のため必要な措置を命じ得るものであり、またこれを前提として裁判所は緊急停止命令を発し得るのであるが、これら排除阻置または緊急停止命令の対象としての行為は行為者につきその違法の認識の有無にかかわりなく行為の客観的性格からその成立要件を考うべきものと解するのを相当とするから、この点の被申立人の主張はそれ自体失当といわなければならない。なおこれに関連して、新聞販売における抽せん券の供与等につきこれを不公正な取引方法としていわゆる特殊指定を行う法的措置が必要かどうかについて、昭和二十八年十月ごろ公正取引委員会から全国日刊新聞社に質問が発せられたが、大多数の事業者はこれを必要とする旨回答し、朝日、毎日、読売等有力紙を含む数社は必ずしもこれに賛成しないまま、その特殊指定は実現しないで、今日に及んでおり、事実北海道新聞、産経、東京タイムズ等に一、二類似の事例もあつたことは、本件の疎明方法によつてこれをうかがい得るところであるが、前記有力筋の意見というのもこれをもつて正当なものというのではなく、各場合について判断さるべきものとしているのであつて、すでに前認定のように少くとも昭和二十九年末ごろ以来は全国大多数の新聞発行事業者間においては前記のような正常な商慣習が確立されつつあつたものというべきであり、特殊指定の成立がなお困難なこと及び二、三反対の事例があることをもつて、右認定を左右すべきものではない。

また被申立人は前記「新聞販売綱領」は日本新聞協会における申合せに過ぎず、すでに昭和三十年八月同協会を除名された被申立人はなんらこれに拘束されるものでないというが、新聞販売綱領なるものの性質自体は協会員の申合せであるとしても全国大多数の新聞発行事業者を網羅する同協会の協会員がこれに従つて行動している実情は、たんに申合せの実行たるに止まらず、ここに事実として一の正常な商慣習が成立しているものというべきものであり、すでに協会を除名された被申立人の今次行為に対して関西以西各地の新聞事業者が挙つてこれを独占禁止法違反として指摘している事実(疎明によればこれをうかがうに十分である)は、むしろこの間の消息を明らかにするものというべく、従つて協会除名の一事はなんらこの商慣習の存否ないし被申立人の行為の当否に関係あるものではない。

さらに被申立人の本件の福引はいまさら中止することは不可能であると主張する。被申立人がすでに社告をもつて紙上に発表するとともに内外にわたつて宣伝し、数十万の読者に公約し、しかもあえてこれを期待してその購読をはじめた者多数に上るというのに今日これを中止することは社の面目信用を傷つけその他直接間接影響するところの大きいことはこれを察し得るけれども、もともと被申立人の今次の福引発表以来の前記行為は法に違反する疑のあるものであるから、法律上有効にその効力を保ち得べき限りではなく、被申立人としては自らまいた種は刈らねばならないのであつて、命ぜられればこれを中止するとともにこれにともなう善後の措置を講じて事態の収捨をはかることはやむを得ないところである。現に近い過去においてもいつたん公約した福引その他の景品付販売をその後に中止取消した事例も被申立人をも含めて一、二に止まらないことは疎明方法のうちにこれをうかがい得るところであり、これをもつて不可能というべきものではない。

しかして被申立人の前記認定の行為に対して公正取引委員会がすでに審判開始決定をしたことは申立人提出の審判開始決定書与によつて明らかであり、審決がなされるまでになお相当の日時を要することは公知のことに属するところ、一方被申立人の福引発表以来競争者の顧客たる他紙購読者が続々その購読をやめて被申立人の購読者となりつつある現状にかんがみるときは、このまま事態が推移すれば、他の競争者は甚大な打撃を受け、いきおいの赴くところこれに対抗するためさらにより有力な方策に出ないとは保証し難く、かくてはようやく確立した新聞業界における正常な商慣習は再び崩壊し去り、公正な競争秩序は破滅に頻することは、事の性質上自明のものというべきであるから、これを右審決のあるまで一時停止する緊急の必要があるものというべきである。被申立人は抽せんの実施は明年四月のことでなお余日を残すことをもつて緊急の必要を否認するけれども、その抽せんのあるまではなお本件福引をもつて競争者の顧客を誘引しかつこれを拘束し続けることができるのであつて、抽せんの期日が予測を許さぬ無期限の将来であるというならばともかく、近き将来の一定時期にこれを予定しているときは、読者に与える影響力はかえつて大であつて、とうてい本件の緊急性を否定すべき理由とはならないのである。

よつて当裁判所は申立人の本件申立を正当として認容し、独占禁止法第六十七条第一項にのつとり、被申立人に対しこの命令以後本件事案につき公正取引委員会が審決をするまでの間、読売新聞を購読させまたは購読を継続させるためにする今次の福引についてその抽せん券の交付、抽せんの実施及びそれにもとずく金品の交付等一切の実行行為を一時停止せしめるとともに、右停止にかかわらずなお福引が予定どおり実行されるものとする購読者及び購読しようとする者の誤解をさける意味で、このことを周知させるため適当な措置をとることを命ずるのを相当とし、主文のとおり決定する。

最後に被申立人は独占禁止法第六十八条第一項にもとずき裁判所の定める保証金または有価証券を供託することにより、この命令の執行を免れんことを求めている。しかし同条の趣旨が緊急停止命令のあつた場合、被申立人をして常に必らずこれが執行の免除を受け得るべきものとするのは早計であつて、かくては右手に禁止して左手に許す結果に終ることは明らかであり、そもそも緊急停止命令を発するゆえんの根拠を無にするものというべきである。従つて執行の免除については事案の性質が執行の免除に適するかどうか、執行を免除することが緊急停止命令によつて保全しようとする法益を危うくすることがないかどうか、その他諸般の事情を検討してこれを決すべきものと解するのを相当とする。今本件についてみるに、被申立人はその計画発表した福引を明年四月を期して実行すべきことをもつて競争者の顧客を誘引しつつある。その間に公正取引委員会において審判の結果これを不問に付すべき旨を決定すればすなわち止む。もしもまた審決をもつてこれが排除を命ずれば、審決自体効力としてその拘束を受けるべきものである。万一審判が右期限までにその結末をみることなく、予定のとおり福引が決行せられれば、被申立人は当初の目的のすべてを達してその不公正な取引方法の成果を確保することとなるのであつて、これを放置し難いことはすでに説示したところからおのずから明らかである。本件緊急停止命令を発するゆえんのものはここにある。この故に本件において今この命令の執行を免除すればそもそも緊急停止命令によつて保全しようとする新聞販売における公正な競争秩序は再び侵害せられ、命令そのものの存立を無にする結果となることは明らかである。よつて本件においては執行の免除をすべき理由はないものとし、これが宣言はしないこととする。

(裁判官 安倍恕 藤江忠二郎 浜田潔夫 猪俣幸一 浅沼武)

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